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「努力」2年・山﨑昂

 

🌟山﨑昂(ヤマザキ コウ)
⚽️松本山雅FC U-15 → 松本山雅FC U-18

 


 

 

平素よりお世話になっております。早稲田大学ア式蹴球部2年の山﨑昂と申します。
今回、部員日記というものを書かせていただくことになりましたので、ぜひご一読ください。

 

「努力は平気で人を裏切る」

私のサッカー人生の中でで自分の心に刻み込まれていることだ。
私はこれまでの人生の中で「努力は人を裏切らない」という言葉を耳が痛くなるほど聞いてきた。私はこの言葉を鵜呑みにし、努力していれば何かを成し遂げられると思っていた。
そのため、小学校、中学校と自分なりにではあるが、努力というものを積み重ねてきた。その努力の結果かはわからないが、チームで活躍でき、地区・県トレセンに選ばれることができた。
そのことにより高校に入っても努力をしていればなんらかの結果がついてくると勝手に思い込んできた。

 

中学を卒業し高校生になり、松本山雅FCのユースに入った。その当時山雅ユースの監督だった方に
「努力は必ず報われるなんてことはほとんどない。それだったらこの世界でほとんどの人が報われている。ただ努力するのではなく考えて努力しろ。」
というような言葉を言われた。
その当時の私はあまりピンときておらず、重く受け止めることはせずに今までと同じようにある程度の努力をし続けた。そうすれば報われるとなんとなく自分自身で思っていたから。
その結果、私は高校でスタメンで出場することができなくなっていった。なぜ私がスタメンで出ることができないのか、自分には何が足りないのかを何度も考えた。しかし、当時はその“答え”を見つけることができないまま、時は過ぎ去ってしまった。
ただ、サッカーを引退してからは勉強する時間が増え、サッカーのことを考える時間が減っていき、出すべきはずの“答え”を見つけることを忘れたまま、高校を卒業してしまった。

 

ある程度勉強のできた私は運よく早稲田大学スポーツ科学部に合格することができ、サッカーを続けるためにア式蹴球部に入部した。
ア式蹴球部に入ると、今までは出会ったことのないようなすごい人たちが数多くいた。本気でプロを目指している人、自分の将来について筋道立てて考えている人、自分の核となる考えを持っている人などの自分よりも何倍も優れた人たちと同じ環境で過ごしているうちに私は高校時代に出すべきだったはずの“答え”を導き出すことができた。それは

「努力の仕方が間違っていた。」

ということである。努力してきた時間だけだったら他の人と私はさほど差がないのかもしれない。ただ、なんのために努力するのか、何を目標にして努力するのかによってその後の結果に大きな差が出るということに大学でやっと気付いたのである。
これはたらればの話になってしまうが、もし私が高校時代に監督に言われたことを実践できていればその後の私の運命は変わっていたのかもしれない。高校でもっと活躍できていたかもしれない。
しかし、私は努力しているということだけに満足し、自分自身を甘やかし、何のための努力なのかを考えることをやめてしまった。
その結果、私は自分の中身のない努力に見事に「裏切られた」のだ。

この答えに気づいた時、私は高校の時に監督に言われた言葉の本当の意味を理解することができた気がした。私の考える本当の意味とは
「考えて努力することで報われないかもしれないが、その後の自分の人生に活かすことはできる。」
ということである。

 

考えて努力するためには自分自身のことを理解する必要があり、自分自身を理解するためには自分と真剣に向き合うことが必要であり、自分と真剣に向き合うためには自分の強さと弱さを認める必要がある。
このプロセスを踏むことができれば、もし、努力した結果が出なくても、努力によって自分自身が成長したという実感を得ることができる。

ただ、今の自分の努力を振り返ってみると、胸を張って自分に必要な努力ができているとは言えない。それでも常に自分自身と向き合いながら自分の成長のためにも、必要な努力を考えながら実行していくしかない。人間は努力をし続けることでしか成長することができないのだから。

 

この日記の最初に「努力は平気で裏切る」と私は綴った。確かに努力は量、質に関わらず私たちのことを簡単に裏切る。努力が実るなんてことはほんの一握りの人しか経験することができない。
ただ、その努力のために自分と向き合い、本当に自分に必要な努力を積み重ねることで努力を本当に意味のある努力に変えることができると私は信じている。

私が本気でサッカーに取り組むことができるのも残りも2年。この2年間の間に自分がどれだけ成長できるのか、自分の努力がどのような形で報われるのかを自分自身に問い続けながら残りのサッカー人生を彩ることができるように歩んでいきたい。