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「『当たり前じゃない』を『当たり前』に」3年・中園健太郎

 

🌟中園健太郎(ナカゾノ ケンタロウ)
⚽️川崎市立中野島中学校 → 早稲田実業学校高等部

 


 

 

 

「この環境は当たり前じゃないから」

 

ア式蹴球部に入部してからの3年間で何度聞いたフレーズだろう。
でもその通りで、こんな素晴らしい環境でプレーできている人なんて滅多にいないと思う。
多くの支えがあっての組織だし、この最高のピッチに立てていること自体すごいことだ。

でも思った。
この4年間ア式蹴球部で活動できていることは自分にとって当たり前なんじゃないかって。
こうやってみんなに出会えたことすら当たり前なんじゃないかなって。
奇跡なんてないって。

そうふと思えるきっかけがあった。

 

 

2018年11月10日
この日ア式蹴球部は悲願であったリーグ優勝を決めた。

感動した。

学年関係なく全員が笑顔で、
さらに4年生以上に涙を流す人もいて。(星コーチとか笑)

でも感動する以上に、ほっとした。
3年のしかも試合に絡めなかった自分がこう思うのは変かもしれない。
けど、今年の4年生を見ていると心の底から優勝して欲しかったから。

 

なんで?

だって去年の天皇杯予選で惨敗してからの4年生をずっと見てきたから。

岡ちゃん(岡田さん)が厳しいことを言うけど誰よりもそれを実行する姿。
雄大くん(蓮川さん)が怪我であろうと誰よりも熱くチームを想う姿。
学くん(小笠原さん)が緩くなりそうなチームを引き締める姿。
萌香(山口さん)が公式戦の日は足がつるほど緊張しながらもトレーナーをする姿(笑)。
あきくん(秋葉さん)が毎日主務部屋でパソコン作業に追われて眠れない姿。

 

挙げていったらキリが無い。
4年生のみんなが自分の欲を我慢してチームにもたらしてくれたものが数多くあった。

そりゃ優勝するわ。
『当たり前』じゃんって思った。
ここにいる全員が4年生に関東リーグ優勝っていう『当たり前じゃない』景色を見せられたんだ。

で、自分の21年間はどうだったんだろうって考えた。
自分だけの力で本当に成し遂げたものがあっただろうか。
人生の選択に迫られた時はいつだって周りの意見、周りの行動に背中を押された。
それは時に、家族であり、友達であり、チームメイトであったかもしれない。

 

 

去年の夏、主務になる決断をした。

『これで自分はサッカーがうまくいかなくても、主務の仕事やってるからチームに貢献できていることになるな』

大学に入ってからなかなかAチームに上がれなかった自分はそう思ってしまった。
いや、サッカーを続けてきた16年間、うまくいかなければ必ずどこかで言い訳を探す自分がいた。

 

逃げたんだ。

 

その時は主務になることを逃げ場につかった。
そんなんじゃダメだろって思っている自分もいた。
同期に対しても嘘ではないけど本気じゃない『俺はサッカーも頑張る』を伝えてしまった、、、
あの時の自分はただ逃げただけだった。

 

 

そして、逃げ続けたまま一年が過ぎた。

2018年9月22日
主務のあきくんの名前が後期関東リーグvs桐蔭横浜戦メンバー表スタメン欄に。

思い出した。
あきくんに主務になる決断をする前、話を聞きに言った時のことを。

『俺主務で試合出るよ』
と、あきくんは言った。

かっこいいなぁ、この人は。
出てほしいなぁ。って思った。
でも、自分事には捉えられなかった。
もうすでに出ることを諦めつつあったから。

 

主務でスタメン。

あきくん本当にやっちゃったよ。
嬉しかったけど、ヤバイ、来年が怖いって思った。
あきくんが『当たり前じゃない』ことを、『当たり前』なんだよって自分に見せつけてきた気がしたから。

もう逃げれないなって思った。
そして、決心がついた。
やるしかないんだって。
自分も試合出ないとダメなんだって。

あきくんが、また自分に目標を作ってくれた。
自分にとって『当たり前じゃなかった』ことを『当たり前』にするという。

 

 

そして、

今、早稲田大学に在学していること。
今、ア式蹴球部に入部できていること。
今、この最高のピッチで毎日大好きなサッカーが続けられていること。

この全ての『当たり前じゃない』ことを『当たり前』にしてくれた人
がいたんだなって思えた。
多くの人がここまで自分を導いてくれたんだって思えた。

 

 

だから今度は自分の番です。

今まで自分を支えてくれたみんなへ。

みんなにとって奇跡のような『当たり前じゃない』景色を『当たり前』に見せれるようにしたいと思います。