diary-men

東日本復興支援ボランティア‐早稲田カップ@陸前高田‐

こんにちは。広報の森岡です。

9月21日、22日の2日間、岩手県陸前高田市において復興支援ボランティアに参加し、小学生によるサッカー大会「早稲田カップ」のお手伝いをしてきました。
この大会は陸前高田市サッカー協会主催で開催されたもので、「サッカーを通じて東日本大震災の被災地を支援しよう」という趣旨のもと、ア式蹴球部OBの加藤久さん(元日本代表主将・現日本サッカー協会特任コーチ)と平山郁夫記念ボランティアセンターの協力で実施されたものです。

6月に気仙沼で行われた早稲田カップおよびサッカー教室のお手伝いをさせていただき、部としては今回で2回目の被災地復興ボランティアへの参加となりました。(前回の記事はこちらからご覧ください。)

今回は立派な芝生の長部小学校仮設グランドで実現した早稲田カップ。
この大会をこの場所で実現することができたのは、たくさんの方々の努力と思いがありました。

震災前はここに住居が立ち並んでいました。しかし津波は容赦なく街をのみ込み、後に残ったのはがれきの山でした。そしてこの場所で、たくさんの尊い命が奪われました。
この場所で悲しい、苦しい、言葉にならない思いを味わった人が数え切れないほどいる中でここに「グランドを作る」というのは大変なことだったといいます。
しかし、震災により家を失った人々が暮らすための仮設住宅が次々と学校のグランドを埋めていき、子供たちの遊ぶ場所が奪われていくという状況の中、仮設住宅で暮らす人々が「自分たちのせいで子供たちの遊ぶ場を奪ってしまって申し訳ない」と市に掛け合ったそうです。

まだご遺体が残っているかもしれないこの地がグランドになることには気持ちの整理がつかないという方々ももちろんいらっしゃり、それでも「子供たちが笑顔で走り回れる場所」を作ろうという強い思いでグランド作りがはじまったのです。

まずは気の遠くなるようながれき撤去。
その後日本サッカー協会から子供たちへプレゼントされた4万株ものポット苗が植えられました。
全国から集まったたくさんのボランティアの方々が地域の方々と協力しながら行ってくれたそうです。
その後何日も何日も早朝の水撒きを続け、何ヶ月もかけて今の素晴らしい鮮やかな芝生がつくりあげられました。

「陸前高田での大会実現は厳しいかもしれない」
そんな声も出る中で加藤久さんが誰よりも陸前高田のこの芝の上での大会実現にこだわり、尽力し続けてくださったそうです。

そうしたたくさんの方々の努力、思いを経て完成した場所で私たちはこの大会に携わらせていただくことができているのだということを知り、このボランティアに臨むにあたって気持ちがより一層引き締まりました。

このグランドが完成した経緯を伺った後、この地で亡くなった方々に手を合わせ作業に入りました。
私たちの活動は「サッカーコート作り」からはじまりました。

こうした作業をしていく中でも自分たちがいかに恵まれた環境で不自由なく毎日サッカーができているのか、ということを強く感じました。

また今回、この大会に合わせて早稲田大学からゴールポスト(大人用1組、少年用2組)とコーナーフラッグが送られました。

サッカーコート作りを終え、1日目の夜は旧月立小学校に泊まらせていただきました。
こうしてボランティアに来た私たちのために宿泊場所を提供してくださるということももちろん当たり前のことではありません。

短い間でしたが、ありがとうございました。
またいつか違う形でも「森の学校」に訪れたいと思います。

 

そしていよいよ2日目、早稲田カップ当日。
朝少し早く出発して陸前高田の市内を見せていただきました。

いまだに震災の爪痕はいたるところに色濃く残っており、街の人たちが2011年3月11日のあの日あの瞬間からずっと戦い続けているのだということを強く感じさせられました。
私たちが今すべきことは、やはり「風化させないこと」「継続して復興支援を行っていくこと」だと思います。

その後グランドに向かい、いよいよ早稲田カップ開幕の時を迎えました。
陸前高田市内および近隣の地域から8つの少年サッカーチームが参加し、前回の気仙沼の時に参加してくれていたチームもありました。

開会式でゴールポスト、コーナーフラッグの寄贈

選手宣誓

前回同様、大塚製薬・オリオン各社様から協賛品が届けられました。

 
選手たちも各チームに分かれ、指導、審判、応援を行いました。
前回同様すぐに打ち解けて空き時間も子供たちと一緒になって走り回り、ボールを追いかけていました。
そうした子供たちとの触れ合いの時間はかけがえのない経験となり、色々なことを感じることができました。

ここからは参加した部員全員のコメントを紹介します。


4年 小山 大樹

「復興にはまだまだ時間がかかるというのが率直な感想です。私は今回、2回目のボランティア活動でしたが、瓦礫の山や仮設住宅がいたる所にある光景は変わっていませんでした。気仙沼サッカー協会の会長さんもおっしゃられていましたが、震災のことを風化させてはいけません。最近、東京では震災報道を目にする機会が少なくなっています。しかし、被災地の現状は厳しく、復興には時間がかかるということを周囲の人たちに伝え、支援し続けることが私たちの使命だと思います。」


4年 喜田 弘亮

「今回、自分は2回目の参加だったのですが、気仙沼同様、陸前高田も一つの町が丸々一つなくなってるような状況でまだまだ、復興するには時間がかかるなと改めて感じました。
その中、今回早稲田カップを行ったグランドは元々瓦礫の山だった場所を多くのボランティアの方々の力やサッカー関係者の力など色々な人の想いによって完成した素晴らしいグランドで試合のできる数少ない場所でした。
サッカーが大好きでもなかなか練習ができない、試合がしたくても試合できない子供達が被災地にはたくさんいるにもかかわらず、自分達は毎日、素晴らしい環境でサッカーできている。こういった環境にもっと感謝しなければならないし、時間を無駄にしてはいけないと感じました。
そして、今回自分が大きく感じたこととして子供達はサッカーを純粋に楽しんでいて、凄いエネルギーを感じました。勝たなければいけないという使命、そういったもののためにサッカーをすることもア式としての責任であるかもしれないが、何よりサッカーを楽しみ、サッカーをうまくなろうとすることが勝つための大きなエネルギーになるのではないかと感じました。」


4年 岡村 高志

「前回の気仙沼サッカー教室に参加した時から、何らかの形で被災地に関わっていきたいと思い続けてきた中で再びこのような機会をいただき、陸前高田サッカー大会に参加できたことに感謝しています。
現地では、笑顔でサッカーを楽しむ子供達の姿や前回のサッカー大会から成長した子供達の姿を見ることができ、さらには私のことを覚えていて名前を呼んでくれる子供もいて心から嬉しく思いました。
またサッカー大会後の懇親会では、指導者や関係者の方々の本当に貴重な話をお聞きすることができ、改めて東日本大震災を風化させてはいけないこと、ア式蹴球部としてこのサッカー大会を子供達のために継続していかなくてはならないことなど考えさせられました。
普段生活していて直接的に被災地に関わるということはできませんが、震災を風化させないために現地で感じたことを伝え続け、復興の輪を少しでも広げていきたいです。」


4年 白井 豪

「大会が行われる場所に到着した時、そこには綺麗な天然の芝生がありました。その場所がつい最近芝生に生まれ変わったという経緯を聞き、そこを使うのは自分達が初めてということも含めて、大きな責任を感じました。
大会が始まると、子供達が無心でボールを追う姿や、それを暖かく見守る家族の姿がありました。そこに、この一年半被災者として苦しんで過ごした姿はありませんでした。もちろんずっと苦しかったと思います。ですが、それを微塵も見せない彼らの力強さを感じただけではなく、今ここでサッカーが出来る事を心から楽しんでいる姿を見て、サッカーそのものの価値を感じました。サッカーをするその瞬間だけは、やる人も見る人も、ボールを追うだけでその他一切の考えや悩みもなく、同じ楽しみを共有できる時間であること。純粋に、サッカーやってて本当に良かったと思えた瞬間でした。
また、自分が毎日綺麗な人工芝でサッカーをし、帰れる家があって、美味しいご飯が食べられる事などの当たり前な事がものすごく貴重であると感じました。日々それらに感謝の気持ちを持ち続ける事の大切さを、まだまだ厳しい状況下で逞しく生きる子供達から教えられました。本当にお礼を言いたいです。
最後になりますが、ボランティアで大切なのは、行って何をするかとそれ以上に、戻ってきて何ができるかという事を強く考えさせられました。陸前高田の人も、震災の事実を風化させて欲しくないということを口々におっしゃっていました。自分は、ボランティアに行かず東京に残ったチームメートに現在の事実を伝えたり、今後も何らかの形でボランティアを続けて行く事で、それを行っていきたいと思います。」


4年 白神 賢

「昨年の5月上旬に石巻にボランティアに行かせて頂きました。震災から2ヶ月、ボランティアの受け入れがやっと始まった時期で、食料、水、電気がありませんでした。町は全壊し、道路の脇には瓦礫が山積みにされ、倒れかけた家の中には有害物質を含んだヘドロが俟っていました。瓦礫とヘドロの撤去が中心となり、長靴の中に鉄板を敷き防塵マスクとゴーグルを着用して作業をしました。
それから1年4ヶ月が経ち、今回は陸前高田に早稲田カップの運営に行かせて頂きました。瓦礫は集められ家屋の跡地には雑草が生えており、今回使用させて頂いたグランドも瓦礫の山を撤去し芝生の苗を植えて出来上がったとのことでした。地域の方々を始め、ボランティアの方々、日本サッカー協会等の沢山の方々の想いが繋がって開催に至りました。
それぞれの生活がある中、多くの子供達、コーチ、父兄の方々と参加して頂き、無邪気に走る子供達や熱心に指導するコーチを見ると、改めて全員がサッカーを存分に楽しみに来ているんだなと気づかされました。
私達もリーグ戦が終盤になり大きなストレスがかかった時こそ、恵まれた環境に感謝をすると共に、サッカーをしたいという原点を再確認し、内からくるモチベーションを大きなエネルギーに変えていこうと思います。」


3年 竹谷 昂祐

「陸前高田の被害状況は予想以上のものでした。沿岸部は1年半がたっているのにも関わらず建物はほとんどない状態で、サッカーをするというよりまず自分たちが当たり前にしているような普通の生活ができない状況でした。その中でも何人かのサッカーを子供たちにやらしてあげたいという志の高いひとが協力しあい子供たちはサッカーできていました。現在自分たちは毎日なんの苦労もせず、東伏見のピッチに立ち練習している、そのありがたみをすごく感じたし、現在の世の中は徐々に風化が始まっていると思います。その風化を実際に現地に行った自分たちが多くの人に伝え、東北の力になりたいと思う人をひとりでも増やしたいと強く感じました。気仙沼、陸前高田の人たちが心待ちにしてるア式の日本一という報告をするために努力していきたいと思います。」


3年 石川 拓

「今回陸前高田に行かせてもらい、被災地を自分の眼で見たり、被災者の方と関わらせてもらえた事で多くのものを感じる事ができました。自分自身どれぐらい力になれたかわかりませんが、早稲田カップという、被災地の子ども達にサッカーをさせたいという思いで、多くの方が襷を繋いで開催できた大会に関わる事ができ、凄く嬉しく思います。子ども達に勇気や希望、笑顔を与える立場として行ったにも関わらず、逆に笑顔にさせられてしまうこともありましたが、楽しくサッカーをしている姿を見る事が出来てよかったです。今後も微力ではあると思いますが、復興に向けて自分のやれることに精一杯努めたいと思います。」


3年 澤山 周跳

「今回早稲田カップで使用した小学校の仮設グランドは、被災後今では想像できないくらい多くのがれきが残った状態で、たくさんのボランティアや地元の人が撤去と整備を行い、さらに加藤久さんはじめサッカー協会の協力で芝生の苗を育てていった場所でした。そのような多くの人達の努力と思いがつまったグランドでお手伝いさせて頂きましたが、子供達はその思いに応えるように元気よくひた向きにサッカーを楽しんでくれました。また指導者の方と話す機会がありましたが、自分の大切な人を亡くされた方もおり、選手も指導者も保護者の方も多くの人がサッカーを通じて誰かのために頑張っているんだと感じました。その思いを忘れずこれからのア式の活躍でまた元気づけられるように頑張っていきたいです。」


2年 堂本 大輝

「私は今回の陸前高田には前回の気仙沼のサッカーボランティアに引き続き参加させていただきました。気仙沼の状況を知っていた私にとっても陸前高田の被災状況はそれを上回る残酷なものでした。
そんな中でも多くのボランティア、サッカー協会、現地の人の手で作り上げられた素晴らしい天然芝があり、そこで一生懸命こども達がサッカーをする姿をみて、自分達がサッカーボランティアをするにあたり多くの人への感謝の気持ちとともに、スポーツが誰かの励みや希望になっていることが直に見ることができました。
私はこの経験を活かしてピッチ内、ピッチ外で誰かの励みになれるように全力で精進していきたいと思います。また、どんような形であれ被災地復興に関わり続けていこうと思います。」


2年 清水 大志

「前回の気仙沼でのボランティアに続いて、陸前高田でのボランティアに参加することができ、とても嬉しく思います。気仙沼でのボランティアで担当したチームが、陸前高田での早稲田カップに再び参加していて、子供達の成長をみることができてとても嬉しかったです。ある子供のお母さんから、気仙沼での早稲田カップのときから、子供がサッカーに打ち込む時間が増えたと言って頂きました。これを聞いて、少なからず子供達に良い影響を与えているということを感じました。
さらに、今回の早稲田カップで使われたグラウンドは、素晴らしい天然芝のものでした。多くのボランティアの人達ががれき撤去し、JFA復興支援特認コーチであり、早稲田大学ア式蹴球部のOB、加藤久さんを中心とした人達が芝生の種を植え、今回のグラウンドができたという話を聞きました。不自由無くサッカーができることに感謝し、サッカーを楽しむ、ということを今回のボランティアで感じたので、これを東伏見でも還元できるように頑張りたいと思います。」


2年 園田 慎一郎

「今回の陸前高田のボランティアは前回の気仙沼のボランティアに続き2回目の参加となりました。陸前高田も気仙沼と同様に街は壊滅状態にあり、震災から月日がたったいまでも多くの傷跡が残っていました。そんな陸前高田でサッカー教室が開くことができたのも多くのボランティアの人たちががれきをどけて、芝を植えてくれた人がいたからという話をきいたときには感謝の気持ちと頑張らないといけないなという気持ちが込み上げてきました。今回自分が担当したチームは前回と同じチームだったので、再会したときに覚えていてくれたことはほんとにうれしかったです。こどもたちと過ごした時間はあっという間でしたが笑顔がたくさん溢れるいい時間でした。次また会える日を楽しみに、きっとこどもたちも成長してると思うので自分もしっかりと成長したいと思います。前回からまた短期間でこのような機会を与えていただいたすべての人に感謝したいと思います。ありがとうございました。」


2年 中谷 幸葉

「自分は前回の6月の気仙沼にも行かせて貰ったのですが陸前高田は気仙沼より被害が大きく、周りはガレキばかりで、小学校まで流されたという状況でした。今回使わせて貰ったグランドも、初めはガレキが積まれた状況で、津波の跡を生々しく感じました。しかし、早稲田カップに来てくれた子供達は仮設住宅で暮らす子供もいる中で、本当に楽しそうにサッカーをしてくれて、自分自身力を貰えました。自分が出来たことは微力ですが、このことを一人でも多くの人に伝え、今自分のいる環境に感謝して、今後もサッカーに取り組んで行きたいと思います。」


2年 海野 洋介

「今回、自分は初めて被災地へ行きました。陸前高田の市内は辺り一面なにもなかったです。所々にがれきの山、そして波が壊した建物がポツンと残っている光景でした。
早稲田カップをしたグランドも、多くのボランティアの方々が、がれきの山を片付け、そこにサッカー協会の協力で芝生の苗を植え出来た見事な天然芝のグランドでした。
たくさんの人の思いが繋がり今の現状がある事を、感じること出来ました。メジャーで長さをはかり、曲がらないように、ラインを引いてコートを作っている時、普段何不自由ない環境でサッカー出来ていることが、幸せなこと。感謝しなくてはいけないと改めて思いました。
子ども達が、無邪気にボールを追いかけている姿。笑顔を見ることが出来て、サッカーの素晴らしさも改めて感じることが出来ました。そして、子ども達からたくさんのパワーをもらいました。
こっちに帰って来てから、小さなことでも自分になにが出来るか。感謝は、なにかを返すことが出来て初めて感謝だと思っています。それをこれから考え行動に移し続けていきたいと思います。」


1年 八角 大智

「自分は今回初めて被災地に行きました。海岸の近くに残っている建物は津波の被害を強く受けているもので、そのほかはほとんど何も残っおらずその光景はまるで街が一つ消えてしまったようでした。その時に、道端に数本のひまわりを見かけました。道端に咲いているひまわりを見ていろいろと込み上げてくるものがあり、その気持ちを俳句にして表現しました。
「負けまいと ひまわりの顔 上向いて」」


1年 中村 大志

「今回、私がこの陸前高田でのボランティアに参加しようと決めた理由は、ボランティア活動を通して、何か自分にとって得るモノがあるだろうと考えたからでした。しかし、それはあまりにも浅はかな考えだと、子どもたちと共にボールを蹴ることで思い知らされました。もちろん、素晴らしい経験をさせてもらえたし、数え切れない程の勇気と力を彼らから貰いました。けれども、これは本当に取るに足らないことでした。とてつもない地震と津波という自然災害を経験し、家を流され、サッカーをする場所も、道具も、精神的な余裕も無かった子どもたちに、大きな天然芝のグランドで目一杯ボールを追いかけてもらったこと。そして、心から笑顔になってもらったこと。これが見れただけで十分でした。私の中で他のことは意味を持たなくなりました。
この早稲田カップが彼らの未来に良い影響を与えることを、切に願っています。」


1年 前田 智子

「私は、自分も震災による原発の放射能の影響でサッカーが出来ない時期があり、同じようにサッカーがしたくても満足に出来ない状況にある子どもたちのために、少しでも力になりたいと思い、今回のボランティアに参加しました。
多くのボランティアの力によって瓦礫の山から素晴らしい天然芝のグランドに変わった場所で、笑顔でボールを追いかける子どもたちを見て、やはりスポーツの力は大きいと感じました。同時に、自分たちもこういった子どもたちに日本一になった姿を見せたいと感じました。今までは日本一になりたい、という思いが強かったのですが、このボランティアでの出会いを通して、自分たちは様々な活動で関わった方や応援してくださる方のために日本一にならなければいけない、のだと感じました。被災地は着実に復興していますが、震災を風化させてはいけません。実際に被災の現場を見た自分たちが感じたことを伝え、当たり前にサッカーが出来る環境に感謝しながら頑張っていきたいと思います。」


コーチ 木下 貴博

「前回の気仙沼に続き、陸前高田での早稲田カップに参加させてもらい改めて当たり前にサッカーができる環境に感謝しなければならないと感じました。
子どもたちや指導者の方は色々な苦難を抱えながら、それでもサッカーが好きだという純粋な気持ちでボールを追っている姿に、自分も力を頂きました。
被災地のためにできることがあれば、今後も力になれればと思います。」


 

私自身、前回気仙沼でも感じたことではありますが、改めて「日本一になって子供たちに喜んでもらいたい」と心からそう思いました。日本一になって、子供達にとってのヒーローになれるよう今後の活動に取り組んでいきたいと思います。

必ず東北の地に「早稲田日本一」のニュースを届けてみせます!

 

今回2度目の早稲田カップにこうして参加できたことを部員一同大変嬉しく思っております。
事前準備、当日含めご尽力いただいた皆様、参加してくれた子供達、保護者の皆様、本当にありがとうございました。そしてあの芝のグランド完成のために携わってくださった皆様、ありがとうございました。
今回のこの陸前高田での経験を必ず次につなげていきます。
改めまして東日本大震災により、お亡くなりになられました方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆様に対しまして、心よりお見舞い申し上げます。また、被災地の一日も早い復興をお祈り申し上げます。

それでは失礼します。