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「自分のことだけを考える」2年・工藤泰平

 

🌟工藤泰平(クドウ タイヘイ)
⚽️SCH.FC → 日本大学藤沢高等学校

 


 

 

その戦いは、残酷で、険しい道のりが続いています。時に打ちひしがれることもあります。戦うのは、チームメイトでありながら凌ぎを削るライバルという存在、目の前の敵、そして、私自身です。

最大の敵が私自身であるとア式蹴球部に来てから、より一層感じるようになりました。それは、魅力的な個性を持つ人間で溢れるア式蹴球部という組織が私にもたらしてくれた変わるチャンスであり、可能性でした。ここに、私の想いを記させていただきます。是非、最後まで読んでいただきたいです。

 

自分を取り繕い、現実から目を背け、言い訳を探り、自分を正当化する。壁にぶつかり上手くいかない時、そういった弱い自分が姿を現します。しかし、そういった弱い自分の姿を決して人に見られたくありません。というより、見せてはいけないと思うのです。熾烈な競争環境に身を置く中で、自ら弱さを露呈することなど馬鹿げています。自分の弱さは自分だけが知っていればいいのです。そんな自分を変えられるのは、他でもない私でしかないのだから。

 

これまでの人生、立ち止まることはあったとしても、とにかく前に進み続けました。戦ってきたからこそ、今に導かれたのです。そして、今この瞬間も戦い、未来に自らを導きます。上手くいかない時こそがチャンスと捉えられたなら、原点に立ち返り、再び立ち上がるべきです。

 

私は、自分のことだけを考えています。それは、私自身が成功するためであり、勝利を掴み取るためです。貪欲にならなければ、それは決して掴めません。そのためには、自分のことしか考えられないくらい今に熱中すべきなのではないか。私なりの考えです。ア式蹴球部員の特徴は、人としての魅力的な個性がそれぞれにあることだと思います。情熱に溢れ、自らのビジョンに向かって考えながら突き進む姿は、“早稲田らしい”という言葉で言い表せるでしょう。羨むほどの個性たちに囲まれる生活は、学びの連続です。私にないモノを持つ人間に囲まれ、みんなにないモノを私だけが持っているのです。

 

Waseda the 1st”人として一番であれ。この言葉のように、ア式蹴球部の根幹には人格形成があります。ア式蹴球部が社会貢献活動に精力的なのは、人として一番であるためなのです。定期的に地域の子どもたちを招いたサッカー教室、通称ワセチャレ。毎年、冬に東日本大震災の被災地を訪れ、早稲田カップを開催。その他にも、知的障がいを持つ子どもたちとの交流や保育園訪問サッカー教室、地域清掃等、様々な活動に参加させていただいています。

なぜ、参加するのか。私たちに何ができるのか。その結果、何を得ることができたのか。その過程で思考を止めてしまえば、それなりの達成感しか味わえない単なる自己満足でしかありません。考えて、考えることでようやく学びを得られるのです。

高校時代の友人と食事に行き、近況を語り合うと、「やっぱり、早稲田ってすごいな」とよく言われます。私たちの活動に少なからず反響があることを実感し、さらに発展させていきたいと思える瞬間でもあります。そう思っているのは、私だけでなく多くの部員が確かな野望を抱えていることと思います。私にとってア式蹴球部での考える毎日が、まさに人格形成なのです。

 

私が今、ア式蹴球部で充実した日々を送れているのは、苦しかった大学一年目があったからです。主観を押しつけ、周りの意見を受け入れようとせず、全く考えて過ごしていなかった、あの頃。私よりも魅力的な個性を持つ部員に見事に淘汰され、完全に埋もれました。活躍する同期の存在が、私の自尊心を駆り立てました。自らの弱さを知りながらも自分ではないどこかへ矢印を向けて逃げ続けてしまいました。それでも、どこかで「俺ならできる」と思っていて、現実とのギャップに苦しんだのです。しかし、間違えていたのは矢印の方向だけでした。埋もれた時間も駆り立てられた自尊心も悔しさも全て私が変わるためのヒントであり材料だったのです。矢印を他でもない私に向けることで見えてくる世界が変わったのは、“自分のことだけを考える”を実践したからに違いありません。

 

“自分のことだけを考える”と聞くと、どこか独りよがりで自己中心的な印象を受けがちですが、決してそうではありません。逃げ出そうとする自分、言い訳を探している自分、過信している自分、そんな弱い自分を正す。つまり、本当の意味で自分自身と向き合う、という意味です。“私”を考え、理解しようとする。常に矢印を自分に向け、どんな現実からも目を背けてはならないのです。

 

みんなから見た私は、どんな存在なのでしょうか。何を与えられているのでしょうか。ここにいる価値など本当にあるのでしょうか。自分のことだけを考えてみると、ア式蹴球部で私の存在価値がないことを知りました。ただいるだけで、自分から周りに何一つ発信できなくて、こなす毎日を過ごしていました。しかし、私の周りには、私と明らかに意志の強さや覚悟が違っていて、這い上がろうとする選手で溢れていました。私の眼には、彼らが自分のことだけを考えているように映りました。それほどの熱量で本気で向き合ってくれた彼らに心を動かされ、誰よりも突き抜けた存在になることを誓いました。周りに刺激を与えられる人間や気づかせてくれる環境が私を取り巻き、今に導いてくれたのです。

 

“自分のことだけを考える”を実践した結果が現在の工藤泰平です。私と接するたびに何かを感じ取ってもらわないと私自身に価値などありません。10年後は、どうしているのだろうと考えることがあります。日本社会に屈することなく、自分のことだけを考え続け、貪欲に生きていてほしいです。学生時代に培ったモノが社会に出て通用した時に、たくさんの方々に支えられていたことをより実感できるはずです。これから先の人生は、上手くいかないことの方がきっと多いです。そんな時こそ原点に立ち返り、自分のことだけを考える時間を設けようと思います。

私は、社会に出る前の最後の学び舎として早稲田大学を選んだことを本当に良かったと感じています。それは、私を取り巻く人間や環境に満足しているからです。だからこそ、成長し続けなければなりません。いつかまた早稲田を背負って戦えるような男になるために。社会に出ても工藤泰平を存分に表現できるように。さらなる高みを志し、まだ見ぬ自分と出会うために、自分のことだけを考え続けていきます。

 

拙く、長々とした文章に最後までお付き合いしていただき、有難うございました。今後とも、ア式蹴球部のご支援、ご声援のほど宜しくお願い致します。