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4年生の想い『言葉』 阪本環

本日の担当は#12阪本環です!

決断に悩んでいた時、尊敬する人が”体はアクセル、心はブレーキ、言葉はハンドル”という言葉をくれた。

「言葉には栄養がある」という言葉を本で目にした。

自分の言葉で救われたと言ってくれた後輩がいた。

言葉の持つ力を最近身に染みて感じたので、これまであまり出してこなかった本音を書き残したいと思った。

勇気を出して書いたので読んでいただけると幸いです。

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もうすぐア女での4年間が終わろうとしている。
それと同時に16年間続けてきたサッカーも終わりを迎えようとしている。

後輩に
「4年間あっという間だった?」と聞かれて、
「全然あっという間ではなかったよ。」と即答してしまうくらい、
短いという言葉で表すにはもったいなさすぎるほど、濃い4年間だった。

いつも生活の中心にはア女があって、サッカーがあった。

ア女での4年間が私を成長させてくれた。

「過去は美化される」という言葉があるけれど、それでも、ア女に入ってサッカーを続けてきて心から良かったと今は思う。

入学前
大学でサッカーを続けることに迷いがあった。

というより、就職することは決めていたから大学4年間のすべてをサッカーに捧げる覚悟ができなかった。

共通テストで大失敗して、受かると微塵も思ってなかったのに、
早稲田に合格した日に決意した。

サッカーは大学でも続けるべきなんだな
という直感があった。

4月
初めてア女の練習に見学に行った。

行ってみると上の学年はたくさんいるのに、同期はたったの3人しかいなくて熱烈に迎えてくれた。

同時に里咲、柚佳、いろはも入部し、同期は3人から7人になった。

日本一を本気で目指す、レベルの高い環境でサッカーができることにワクワクした。

受験明けで体力が落ちていたのは仕方ないにしても、サッカーで何も通用しなかった。

でも、どこまでいけるのかチャレンジしてみたいと思った。

前期、人数が少ないのもあって、ありがたいことに割と最初から関東リーグに出場させてもらった。

先輩達に迷惑をかけてばかりだったけど、毎日が刺激的で楽しかった。

9月
知華が入った。
シーズンの最初からいたみたいな顔して入ってきて(笑)、性格もア女っぽくてサッカーも上手だった。

リーグ戦が終わると、チームは皇后杯・インカレに向けてひとつになっていこうとしていた。

自分はフィジカルで始まってフィジカルで終わる1週間が長く続いた。
なんなら毎日フィジカルをしていた時もあった。

同期が辞めたいと口にしていて、自分も辞めたくなった。

本気で辞めようとしていた。

それでも一緒に走っていた先輩達は常に笑顔で、
愚痴を吐く私に共感しながらも、
常に120%で練習に取り組み、
“熱く泥臭く”を1番体現していた。

「この先輩達ともっとサッカーがしたい」
「この先輩達が頑張っているんだから私も頑張ろう」
その想いが私を引き留めてくれた。

2年生に上がると勇剛が入ってきた。
たった4ヶ月でア女を辞めたとは思えないくらいの個性の持ち主で、
でもいつまででも練習に付き合ってくれた勇剛。
勇剛が組んでくれた個別のフィジカルトレーニングで強くなれた。

そして2年生の秋、同期は今の5人になった。

ア女2年目。
自分だけ、試合に絡めない日々が続いた。
関カレはおろか関東リーグにも出られなかった。

でも不思議と前を向けていた。

冷静に自分に足りないものを分析できていた。

チームの日本一のために、本気で自分にできることを最後まで探し続けた。

ア女3年目。
ゲバにすら出られない日々から始まった。

関東リーグに応援しにきてくれた親に見せる顔がなかった。

悔しくて堪らなかったけど、やるべきことをやり続けた。

途中出場でも、どのポジションでも、
試合に出られなくても、出られても、

「ア女のために闘う」

綺麗事かもしれないけど、
妥協といわれればそうなのかもしれないけど、
本気でそう決意した3年目だった。

ア女4年目。
ア女の紡いできた伝統と、一人一人の個性を大切にしてきた私達だったからこそ、
“躍道”
というスローガンを掲げた。

シーズンに入る前に5人でたくさん話して、全員に伝わるようにスローガンを細分化し、
部則も改めて意味本質を考え直し、
毎月の学生ミーティングの内容も例年になぞらえるだけでなく工夫して、

それでも、個人の個性や自由と組織の伝統や秩序の両立はそう簡単にはいかなかった。

5人だからこそ、全員がチームに向き合った。
5人しかいないけど、考えが合わなくてぶつかることもあった。
5人しかいないから、4年1人でピッチに立つことを経験した。

“熱く泥臭く”闘う
“臙脂の誇り”をもって闘う

あんなに辞めたかったはずなのに、
ア女の勝利のために
大好きなア女のみんなの笑顔がみたくて
それだけで闘った。

気づいたら体も心も限界になっていた。

3月に発症したヘルニアの腰や足の痛みで眠れない日が続いて、
9月に完全に離脱した。

離脱してからこれまで目を向けてこなかった自分自身の色々な感情に出会った。

好きで始めたサッカーなのに
楽しくて続けてきたサッカーなのに
いつの間にか危機感や焦り、不安だけで走り続けていたことに気づいた。

下手くそなのに練習していない自分に嫌気がさした。

自分が弱いだけなんじゃないかって何度も思った。

ピッチ上で熱く泥臭いサッカーを体現し続ける同期に申し訳なく思った。

サッカーをみるのが苦しい時もあった。

でも
どんなに眠れなかった日も
座ってみているだけで痛くて辛かった日も
東伏見につくギリギリまで涙が止まらなかった日も
部活に行きたくないとは一度も思わなかった。

グラウンドにいくと

それぞれの立場で
それぞれの想いを抱えながらも

自分を高め続けチームの勝利のために
必死に闘うみんながいた。

サッカーができないからこそ見える景色がある。

ピッチ外で多くの仕事をしながら、ピッチで走り回ってボールを拾っていたり、練習がスムーズにできるように色々な人とコミュニケーションをとっている姿。

長期離脱で苦しい想いを抱えながらも、前向きに笑顔でリハビリに取り組み、仲間を鼓舞する姿。

そんな選手達を第一に考えて明るく支えながらも、色々な想いをもって日々自分を高め続ける姿。

ピッチに立てない悔しさをもパワーに変えて、どんな練習でも全力で闘い続ける姿。

ピッチに立つ責任も重圧も背負って、全身全霊でボールを追いかけゴールを守りア女を勝利に導く姿。

一人一人の”躍道”がチームを創っていた。

自分も最後までみんなと共に闘いたい。

自分のために、
大好きなみんなのためにできることを探し続けたい。

プレーで体現することはできないけれど、自分の言葉で誰かの心を動かしたい。
少しでも栄養をあげたい。

みんなの笑顔が、
みんなの優しさが、
みんなの必死に頑張る姿が、

心からそう思わせてくれた。

自分の視野や考え方がいかに未熟だったか気付かせてくれた。

思い描いていた終着点とは違ったけれど

ア女のみんなと出会えたこと
たくさんの愛情と優しさに触れられたこと
一生尊敬できる人達に出会えたこと
熱量をもって何かに取り組むことの尊さに気付けたこと
たくさんの学びがあってひと回りもふたまわりも成長できたこと

このことだけで言葉にしきれないほど幸せだ。
本当にみんなありがとう!!!

 

西が丘で笑って終われるように、
一人一人の”躍道”でア女のサッカーを創り上げて、

最後まで全員で
熱く泥臭く闘い続けよう。

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彼女の笑顔と
丁寧に紡がれる「言葉」は
一人一人の心に届き、
ア女を突き動かしてきた。

どんな時も
自分を見失わず、
前向きに歩み続けてきた彼女。

全ての行動で
私たちにその熱意を示し、
「日本一」を目指すチームを
つくり続けてきた。

彼女の覚悟のために
ずっと描き続けてきた目標のために
最後まで全員で闘って躍道しよう。

ワース