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「ア女にいる私」vol.10 吉野真央

本日の担当は、2年生吉野真央。


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本日の部員ブログリレー「ア女にいる私」を担当させて頂きます、2年吉野真央です。
今から綴る私の過去や思いを通じて今の吉野真央を知っていただければなと思います。読書が苦手で、文章力が皆無に等しい私ですが、最後まで読んで頂ければ嬉しいです。

私がサッカーを始めたのは私が10歳の頃です。(周りのサッカー仲間やチームメイトと比べれば少し遅めのスタートです)小学校の部活動ではじめました。
当時、友人は男の子しかおらず、校庭ではいつもみんなでサッカーをし、純粋に楽しく、友達が多く所属しているからという理由でサッカー部に入ると決めました。毎日が人生最高の日のようで、ただ楽しく無心でボールを蹴っていました。
小学校五年生、なでしこジャパンがワールドカップを優勝した時に私のサッカーへの思いが大きく変わりました。「こんなにも多くの人に勇気と感動を与えることができるんだ、私もそんな人になりたい」夢が「警察官」から、「なでしこジャパン」に変わりました。

中学生になり、より高いレベルでサッカーをしたいという思いで、県内で一番強い男子チーム、地元のJリーグ下部組織に入団しました。
最初の練習、一番初めに思ったことは「やばい所に来てしまった」です笑。
県内屈指の選手たちに囲まれ、何一つ通用する所もなく、毎日、毎日、心も体もズタボロになりながら必死になってサッカーをしていました。
「なんで女がサッカーしてんだよ」「女だから」「女にはできない」「下手くそ」ムカつくこともたくさん言われました。二人組や何人か組を作る練習の時は一苦労です(笑)。なかなかグループになってくれませんから。
毎日、涙がいつでも出せる状態でした(笑)
そのせいで、中学の頃の写真は写真写りが悪く、封印しています。
でも、それは決して周りが悪いわけではないとわかっていました。
「みんな本気でサッカーをしていて、質の高い練習がしたい。私が入れば質が下がってしまうから、入れてくれない」
「人は周りの目を気にしてしまうだから、女で下手くそな私と一緒にすれば、その人の他人からの評価も下がってしまう」
周りのチームメイトの立場になって考えれば私に対する態度も分からなくもない態度だからです。私はチームメイトとサッカーをする時には、申し訳なさ、不安と恐れが常にありました。
ただ、その思いはもう一つ大切な感情を強くさせました「絶対、とてつもなくサッカーが上手くなって、なでしこジャパンになり見返してやる」。
この頃に私の今でも大切にしている軸を作ることができました。
「熱く、泥臭く、全力で、命をかけてサッカーをする」下手くそな私には必要不可欠なもので、気持ちだけは誰にも負けたくなかったからです。
毎日、なにくそ根性(汚い言葉申し訳ありません)でサッカーをし続けました。
気合いを入れるために、練習前、鏡の前に立ち顔を冷たい水でバシバシ洗い、頰を思いっきり叩きながら、「自分ならできる」と何度も唱えていました。(その影響で、私は今でも変なルーティンをつくりがちです笑)。
全力でサッカーをしていくうちに、だんだんチームメイトにも受け入れられた気がします。
中学2年生からは、試合にも最後の方ですが出させていただける機会も増えました。
しかし、この頃から、周りの男子達は急激に大きくなり、強くなり、速くなり、とにかくついていくことに必死でした。でも、この速さや強さに慣れていて良かったです。
私にとって、中学時代は地獄のような日々でしたが、私を強くさせてくれたとっても大切な時間です。
そして何より、サッカーが上手くなりたいとより強く思える時間でした

高校では、宮城県聖和学園に越境入学をしました。「なぜわざわざ熊本から宮城に」って聞かれるんですけど、私にもわかりません(笑)聖和のサッカーに引き寄せられたのかもしれません。理由は、今でもわかりません。
初めての女子チーム、今までのチームとは違い、速さも強さも通用し、自信を持ちながらプレーすることができました。この自信がのちに私の成長の妨げにもなっていきました。
一年生の時からスタメンで出させていただき、変な自信、変なプライドを持ち、素直に先輩方や同期、監督のアドバイスを聞き入れず、「なんで私だけこんなに言われるの」と思いながら、ミスを人のせいにしてしまったのです。
サッカーが下手くそなくせに天狗になっていました。あの時の私に戻り殴ってやりたいです。本当に、まだまだ幼く、人として、サッカー選手として未熟でした(今もですけど、さらに未熟でした笑)。
試合を重ねて行くうちに、プレーが上手く行かなくなっていき、気づけば、中学の時より下手くそなんじゃないかなと思うぐらい、下手くそになっていました。
「中学ではチーム中で一番下手くそでバカにされ、肩身が狭かったけど、今のチームでは試合にも出れるし、肩身も狭くない」私は現状に満足をして、向上心さえも忘れていました。
変なプライドと自信で向上心さえも失っていたのです。
そして、スタメンからもついに外され、ようやく気づきました。自分自身の間違いに。
さらに、私自身の軸を失いかけていました。
高一の冬、今まで以上に気持ちを大切にしてサッカーをすると心に誓いました。
試合にも再び出させていただけるようになり、三年の時にはキャプテンとしてチームを支える立場にもなりました。
この経験は私をより成長させてくれたものであり、私にとって大切な経験でした。(高校三年生の頃だけで3000字は越えてしまうので割愛させていただきます)。

そして、早稲田大学へ進学。ア女に入部をしました。
早稲田大学に入ることは中学生の頃から目指しており、高校の尊敬する先輩もア女であったったことから、早稲田大学に入り、ア女に入部することは、忘れるくらい前から決めていました。
ア女に入部をし、ちょうど一年が過ぎました。
この一年は、今まで過ごしてきたどの一年より、濃く、充実した一年です。
尊敬できる先輩方、同期に囲まれ、毎日が新しい発見と新しい学びに包まれた一年です。
(ア女でのファーストイヤーも書きたいのですが、書ききれないので割愛いたします)
ただ、この一年で一番学んだことだけ発表したいと思います。
「自分自身にベクトルを向ける」です。ア女にはこれを無意識にしている人がたくさんいます。私も意識的から無意識に変えていきたいです。
そして、私の軸である「熱く、泥臭く、全力で、命をかけてサッカーをする」これに加えて、「ベクトルを自分自身に」も入れたいです。

これからのア女での日々を一秒も無駄にすることなく、全力で走り続けます。

拙い文ではありますが、最後までお付き合いいただき有難うございました。

明日の担当は文章モンスター阪本未周さんです。
みちさんよりも誕生日早く生まれててよかったです。

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以上です。
それでは、失礼します。
阪本