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届かなかった悲願達成、涙の向こうに見据える「世界」 ─ 2021年 第32回大会(東京) ─

後世に語り継がれる特別な大会となったTOKYO2020。史上初の1年延期、一部を除いての無観客試合、プレイブックにより厳しく制限された活動・・・なにもかもが異例ずくめの大会となった。
果たして本当に開催できるのか、このような情況で競技を続けてよいのか、さまざまな苦悩と、地元開催という大きなプレッシャーが、サッカーのみならず多くのアスリートに襲いかかったことは想像に難くない。しかし、我らがU-24日本代表は毅然と戦い、観るものすべてに大きな感動を与えたのである。その中には、キャプテンとしてチームを鼓舞した吉田麻也(人間科学部通信教育課程終了)と、俊足MFとしてピッチを縦横無尽に走り回った相馬勇紀(スポーツ科学部卒業)の姿があった。

相馬勇紀(平成31年卒)が初めて年代別日本代表に選出されたのは、2019年のトゥーロン国際大会。育成年代から経験を積み重ねチーム力を熟成させながら、世界と真っ向勝負をしていた五輪世代の中ではやや後れを取った感もあるが、持ち前のスピードと対人の強さでチームに貢献、本大会ではスタメン3試合を含む全試合出場と不動の座をつかみとったのである。

日本と同じグループAに入ったのは、メキシコ、フランス、南アフリカ。タイプはそれぞれ異なるがいずれ劣らぬ強豪揃いだ。しかし、直近の試合を3勝1分でのりきり「史上最強」との呼び声も高かったU-24日本代表の、メキシコ大会以来のメダル獲得への期待は大きく膨らんでいた。

開催すら危ぶまれた初戦、貴重な1点を守りきり歓喜にわく

開会式に先立って行われる初戦は7月22日の南アフリカ戦。選手もスタッフもそしてファンも、これから始まる冒険に心ときめかす時間となるはずだった。しかし、予期せぬニュースによってワクワクは一転、試合の開催すら危ぶまれる事態となったのである。試合を4日後に控えた7月18日、南アフリカ代表の選手2名とスタッフ1名がPCR検査で新型コロナウイルス感染症陽性が確認され、18人が濃厚接触者と認定されたのだ。
予定通りに試合が行われる条件は2つ。競技開始6時間前のPCR検査で陰性であること、最低13人の登録メンバーが揃うことだ。試合に向けて準備はするが、検査の結果が出るまでは祈るしかない情況。日本サッカー協会副会長林義規(昭和52年卒)も、やきもきしながら決定を待つひとりであった。

東京スタジアムに、待ちに待ったキックオフの笛が吹かれたのが20時。国際大会特有の緊張感もあってか、固さの残る日本チーム。開始早々獲得した絶好の位置からのFKも壁に跳ね返される。その後も幾度も南アゴールに迫るも、南アの固い守りを崩せず0-0で前半終了。
後半に入っても攻撃の手は緩めるない、15分に三好に代えて相馬を投入、前線からの強度を高めていくが、決めきれない。ジリジリした展開が続いた後半26分、ついに歓喜の瞬間が訪れた。田中の浮き球のパスを久保がドリブルで持ち込みシュート。ポストにあたったボールはゴールに吸い込まれていった。
30分すぎから南アが何度もゴールに襲いかかるが、GK谷の攻守もあって無失点でしのぎきり、貴重な勝点3をあげた。

難敵相手に勝利、決勝トーナメント進出に大きく前進

第2戦の相手は優勝候補と目されるメキシコ、2012年ロンドン大会優勝国だ。日本にとっては、ウェンブリーで決勝進出を阻まれた相手。あの日の苦い思いに今こそ決着をつけるときだ。
前半6分、久保の2試合連続となるゴールで先制。さらに前半11分、ペナルティーエリア内にドリブルで切れ込んだ相馬が倒され、VARの上ペナルティキックを獲得。堂安が落ち着いてゴール正面に蹴り込み2-0とする。その後もメキシコに思うようなプレーをさせず、前半を終える。
後半に入ると、俄然メキシコがポゼッションを高め、攻勢をかけてくるが、遠藤を中心にしっかりと跳ね返しゴール前への侵入を許さない。後半23分、堂安が倒されメキシコのDFにレッドカード、日本が数的優位に。しかし久保のシュートは枠外、日本はこのあと攻撃のオプションを追加するが、得点には結びつかない。
終盤猛攻を仕掛けるメキシコ、後半40分、右25メートルからのフリーキックがそのままゴール、1点を返される。それでも体を張った守りで逃げ切り、2-1で勝利。決勝トーナメント進出に大きく駒を進めた。

4ゴール大勝、予選リーグを首位で通過

引き分け以上で首位通過の決まる最終戦、日本はスタメンを3人入れ替えてフランス戦に臨んだ。キックオフ直後のミドルシュートにヒヤリとさせられるも、徐々に攻勢を強めていく。前半27分、シュートのこぼれ球を久保がダイレクトで蹴り込み先制。34分にもDF酒井のゴールで追加点。このまま2-0で前半終了。
後半に入っても日本は、攻撃の手を緩めない。後半25分、三好のダイレクトシュートで3点目を奪う。その後も決勝トーナメントを見据え積極的な選手交代、後半27分に板倉と相馬、35分には前田を投入しアグレッシブに戦う。フランスに退場者が出て数的優位に立った日本は、相馬、前田のスピードを活かし、ゴールへ迫る。終了間際、相馬のラストパスを前田がゴール右に突き刺し4-0快勝!
フランス守備陣の背後をつき大量点を奪った日本は、1次リーグ3連勝で首位通過を決めたのである。

死闘の末PK戦を制し2大会ぶりの準決勝へ

準々決勝の相手はニュージーランド。メダル獲得には絶対に負けられない試合。終始ボールを支配して、再三好機をつくるもニュージーランドの組織的な守備を崩すことができず、PK戦にもつれ込んだ。
1人目のキッカー上田がしっかりとゴール右に決めると、GK谷が2人目のキックを弾き出し、3人目のキックも大きく枠をそれていった。日本は板倉、中山、吉田が連続で成功させ、苦しみながらもなんとか準決勝進出を果たした。

残り5分にゴールを叩き込まれ、金メダルへの夢ついえる

準決勝の相手は、ロンドン大会で勝利し、直前の親善試合でも引き分けたスペイン。お互いに準々決勝を延長戦まで戦って疲労はピーク。タフな試合になることは間違いないが、メダル獲得には1歩も譲れない運命の一戦だ。
試合は序盤からスペインにボールを支配される展開。しかし、粘り強く守り、前半を0−0で折り返す。後半11分、左サイドからのクロスに反応したスペインMFのシュートを吉田が懸命に足を伸ばし阻止。PKの判定がくだるが、VARの結果ファールは取り消された。後半20分、林、旗手に変えて、上田、相馬を投入しカウンターからの仕掛けを強めていくが、スペインの牙城を崩すことができないまま、2試合連続の延長戦へ。
そして、残り5分となった延長後半10分、アセンシオの左足から放たれた強烈なシュートが、ゴール左に突き刺さった。幾度も跳ね返してきたスペインの攻撃だったが、最後の最後で崩され、金メダルへの道は閉ざされてしまったのである。

53年ぶりのメダルをかけて戦うも及ばず

運命の最終戦は、予選リーグの再戦となったメキシコ。
「オリンピアンでなくメダリストになりたい」、キャプテン吉田の言葉が全員の気持ちを代弁する。しかしここでまた、激闘を戦った選手たちを試練が襲う。午前中に予定されていた女子決勝の時間と場所が暑さ対策のため変更になり、そのあおりでキックオフが2時間繰り上げられることになったのだ。初戦から試合以外のところでもヤキモキさせられることの多かった大会、しかし、勝てばメキシコ大会以来の銅メダル、日本中の期待が集まっていた。

試合の入りはメキシコが優勢、主導権を握られジリジリと守勢に回る。前半13分、PKから1点を先制される。その後も得点を奪われ0-2で前半終了。後半13分にもヘディングを合わせられ失点。33分三苫のドリブル突破からのシュートで1点を返し、その後もゴールに迫るが追加点を奪うことはできず無念のタイムアップ。目指したメダルは、またもや目の前をすり抜けていった。

酷暑の日本で、しかも中2日という強行日程。メダルには手が届かなかったが、もてる力を出し切ったと誰もが認める戦いぶりだった。こうしてオリンピック史、いや日本サッカー史上類を見ない、16日間の激闘は幕を下ろした。もっと別の戦いをしていたら、もう1年後だったら・・・、いろいろ意見もあるだろうが、早稲田伝統のスピリッツが突き動かした歴史の一幕を、今を生きる我々はしっかりと目に焼きつけておきたい。


若きサムライたちの闘いは期待通りのエンディングとはならなかった。しかし、夢破れた「さいたま2002」のピッチから立ち上がり涙をぬぐった先には、カタールへの道が待っている。本気のリベンジ、逆襲への狼煙をあげるその目には、今までにもまして熱い炎が宿っていることだろう。

(敬称略)